龍馬伝 陸奥陽之助 一口メモ

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龍馬伝「龍馬の秘策」より。
長崎で食べていくための金銭を稼ぐため坂本龍馬・沢村惣之丞・近藤長次郎・陸奥陽之助(陸奥宗光)らはカステラの商売を始める。
長崎の商人からお金を借りて、カステラを作る材料を購入するが、うまく作れず悩む。
江戸幕府は長州を討伐するための準備を着々と進める。
坂本龍馬は、今は日本の植民地化を企む異国と対峙するため、日本人同士で争っている場合ではないと、長州や薩摩に諭す。
薩摩の西郷吉之助に対して、異国に言いなりになっている幕府と戦うには、長州と組むしかないと説く。

龍馬伝「新天地、長崎」より。
海軍操練所が廃止となり行き場のなくなった坂本龍馬・沢村惣之丞・近藤長次郎・陸奥陽之助(陸奥宗光)は長崎へ向かう。
龍馬たちは、イギリスの貿易商トマスグラバーと会う。トマスグラバーは、日本に来てわずか3年で巨万の富を築いた人物。
龍馬たちは、船を貸してほしいとの交渉を持ちかけるが、トマスグラバーはレンタル料として高額な値段をふっかけ交渉は決裂する。
龍馬たちは、長崎にある引田屋という料亭に入り、そこで長州藩の高杉晋作と会う。
しかし長州藩は、薩摩と対立していて、長州藩士が長崎へ入ることは禁止されていた。
高杉晋作らは、料亭で薩摩藩士に見つかり、捕えられそうになるが、ピストルで威嚇して逃走する。
幕府はフランスの後ろ盾にして、今後、藩が異国と貿易をするときは幕府の承諾を必要とさせた。
そのころイギリスの商人同士の会話によると、
イギリスが日本に戦争を仕掛けて降伏させようと企んでいるという。兵庫に上陸したのち大阪を制圧し、京都のミカドをおさえて、江戸幕府を降伏させるという。

幕府は、徳川慶喜が第15代将軍となった。
土佐藩主・山内容堂は、後藤象次郎に、土佐藩もひそかに薩長と手を結ぶよう命ずる。徳川慶喜と山内容堂は仲がよいが、潮目が変わってしまったことを悟る。
後藤象次郎は長崎に入り岩崎弥太郎に、薩長とパイプを持つ坂本龍馬を探すよう命ずる。
慶応3年1867年1月12日、坂本龍馬は、清風亭にて後藤象次郎と会談する。世に言う清風亭会談である。龍馬の身を案ずる沢村惣之丞や陸奥陽之助など亀山社中のメンバーと岩崎弥太郎は会談の席の襖の奥で身をひそめる。お元は場を和ませるために同席する。
会談の席で龍馬は、土佐藩は新しい日本を作る要として、幕府に大政奉還を迫るよう求める。尊王攘夷のときの過去のイザコザもあって、会談の席上では、土佐藩の上士と亀山社中のメンバーとの間で一触即発の緊張状態になるも、話し合いはまとまり、龍馬と後藤象次郎、亀山社中のメンバーと上士との間で握手が交わされる。はじめて土佐の上士と下士が手を結ぶ瞬間でもあった。
龍馬伝「清風亭の対決」

坂本龍馬と陸奥陽之助は、幕府に対抗するために薩摩と長州を結ぶべく、長州藩の桂小五郎のもとへ行く。
龍馬は薩摩藩の西郷吉之助とはすでに長州と組む旨の約束を取り付けていた。
まず大宰府に幽閉されていた三条実美と中岡慎太郎(元土佐勤王党)の元へ出向き、手紙をしたためてもらう。
そして桂小五郎のもとへ行き、西郷吉之助の到着を待つが、西郷はあらわれず、中岡慎太郎一人が龍馬のところへ馳せ参ずる。
中岡新太郎の話によると、西郷は途中で進路を変えてしまったという。
龍馬伝「西郷はまだか」より